機械化時代と捕鯨業
その後、第一次と第二次大戦の間に南大洋で操業していた船舶はノルウェーの捕鯨船と、1904～1987年の間行われた捕鯨産業の調査船がほとんどでした。
その間、他の数カ国の科学観測船も活動をしていましたが、しばしば捕鯨船団の援助を受けていました。実際、捕鯨業者たちは探検家の｢命綱｣の役割を果たす事が多かったのです。捕鯨船は多くの新たな南極海沿岸を発見するのに貢献しました。
特に1930年から31年の夏場には前例をみない程多くの捕鯨船が南大洋で運航していました。当時は帰港地を決めている母船式加工船が９隻、遠洋型加工船が32隻、陸上の加工基地が6箇所あり、そしてそれらに付属する232隻のキャチャーボートが操業しており、それらに補給･給油したり､精製された鯨油を持ち帰ったりする為に夥しい数の輸送船も本国と南極海を行き来していました。
捕鯨近代化の為に様々な発明をしたのは全てノルウェー人で、その口火を切ったのがスヴェン・フォィンでした。その為この時代の捕鯨産業はノルウェーの専売特許の様になっていて、その結果がノルウェーのドローニング・モード・ランド部分の南極大陸、ピーター一世島およびブーベトーヤ島の領有権主張に繋がったと言えるでしょう。
この頃、南極探検は中断されていましたが、全体的には多くの進展がありました。
アメリカはリチャード・バードとリンカーン･エルスワースによる数回の南極探険を再開し、犬ソリの重要性は変わりませんでしたが、空陸両方の交通手段を連携させた移動方法に成功しました。
バードはロス海の鯨湾近くの基地を本拠として、皆｢リトル･アメリカ｣と名付けた各地の基地で1929、1934、1940と越冬しています。航空機を使った南極初飛行はデセプション島から1928年11月16日にジョージ･ヒューバート･ウィルキンスが行っています。航空機の使用は内陸部の観測と地図の作成に多大の進歩をもたらしました。
翌シーズンには六隊が航空機を持ち込み､捕鯨業者も鯨を見つけるために航空機を使うようになりました。このような変化により、南極探険も機械化次代の幕開けとなったのです。
地図と海図もさらに進歩を遂げました。オーストラリア側の南極大陸海岸線はサー･ダグラス･モーソン率いる英･墺･ニュージーランド共同調査探険（1929～30、1930～31）が測量しました。第二回世界極地年が1932～33に呼びかけられましたが、世界大恐慌と重なり、何処の国も南極基地を設立するには到りませんでしたが、サウス･ジョージアとサウス･オークニーの陸上観測所および多くの捕鯨船は観測データの提供に貢献しました。英グラハムランド･探検隊（1934～37）は南極半島が大陸部分に繋がっていて、それまで考えられていたような長い多島海のような物ではない事を立証しました。初の南極大陸横断飛行はリンカーン･エルスワースが1935年にダンディー島から｢リトル･アメリカII ｣ 基地近くまで何度か給油しながら行い、更に南には高い山脈があることが報告されました。
捕鯨産業の飛躍的発展に伴って主としてノルウェーと英国船舶によってなされていた南大洋の生物学的、海洋学的調査も著しい進歩を見せる様になりました。
1925年から27年にかけてはドイツ探険隊がメテオ号で、英国の観測隊がディスカバリー号で、各々独自に南極収束線を発見し、これによって南極海の北限が定められたのです。この頃はまた捕鯨規制に対しても初期段階の考察がなされましたが、その目的は鯨保護よりは、捕鯨産業の維持を目的とした物でした。（異なったアプローチでも似たような調査結果をもたらしたでしょうが。）
この捕鯨と探険が共存していた時代はまた､各国がそれぞれの南極各地域の領有権を主張しはじめた時代でもありました。英国、ニュージーランド、フランス、ノルウェー、オーストラリアの主張は地域を明確に限定された上で容認されました。
バード提督とリンカーン・エルスワースによるアメリカの領有権主張は、正式な領土地域の定義を伴っていないものでした。（南極条約が批准された後では地域を明確に限定する事が重要事項となりました）1939年初頭のドイツによる領土権主張はこの時代の領土権主張の最後のものとなりました。
第二次世界大戦が勃発し状況が大きく変わってしまったからです。
南極大陸の地図が大幅に進捗したので、オーストラリア政府は1939年段階で可能であったあらゆる源を素に大陸地図を作り、詳細な解説も付けました。
これが近代的総合地図・海図の始まりです。
アメリカ人の リチャード・エベリン・バード は、北極上空飛行にも経験のある極地飛行に熟練したパイロットでした。彼は同じ事を南極点でも試みようと決心し、ローアル・アムンゼンとその計画を話し合い、アムンゼンは彼に多大な助言を与えていました。1928年のクリスマスにバードは3機の航空機（フォード三発機、フォッカー・ユニバーサル、フェアチャイルド折り畳翼付単葉機）犬95匹、50名以上の部下を引き連れて南極の鯨湾に到達しました。基地はロス棚氷の氷の先端から内陸に14km（９海里）の地点に建設され、そこはリトル・アメリカと命名されました。
その後数ヶ月、数度のテスト飛行が行われ、多くの発見がありました。彼の他の調査隊は地質調査と地図の作成を担当していました。1929年11月、地質調査隊は内陸山脈が石炭堆積物を含む砂岩から成り、従って火山性の噴出物ではなく地球の歪んだ地殻の一部であるという驚くべき発見をしたのでした。
11月29日、バードをナビゲーターとする4名のパイロットはフォード三発機でリトル・アメリカを離陸し南極点近くの上空まで無着陸飛行の後、何度かの燃料補給を経て戻りました。往復所要時間は18時間41分でそのうち飛行時間は15時間51分でした。18年前アムンゼンはおなじ行程に三ヶ月かかったのでした。
1934年､バードは犬そり、雪上車、飛行機と共に南極に戻り再び調査活動を開始しましたが、この時はリトル・アメリカからソリによる調査や上空測量を行っています。この遠征は人類の科学知識に多大の貢献をしました。初めて西南極大陸と東南極大陸が明確に繋がっていることが証明されました。科学者たちは氷床の厚さを測り、新たに広大な地域を発見して地図に記入し、総合的な気象観測を行い、新種の生物を発見して目録を作成するなどしました。
バード自身は気象観測の為に基地から230km （125海里）離れた場所の氷に埋まった小屋で、たった独りで越冬しました。越冬中の四ヶ月の間、煙突内が凍ってしまい､無線用発電機と不完全燃焼ストーブからの一酸化炭素中毒のために危うく命を落とす経験もしています。意味不明な無線電話通信を受取った隊員が異常に気づいて救出に駆けつけてくれたので一命を取り留めたのです。
バードにとって三度目の南極遠征は1939年に南極探険史上最大規模の「米国海軍南極遠征隊」の一員として､さらに大規模な探査と重要な測量作業を行うためでした。
今回はスノー・クルーザーと呼ばれる実験車両を持ち込みましたが、これは長さが17ｍで車輪の直径が３ｍという巨大なものでした。動力源はジーゼル・エンジンで、宿泊施設、実験室、工作室、暗室を備えており、屋上には飛行機が搭載されていました。運悪くタイヤの駆動力が小さく、モーターが弱い為、思うように雪の中を走らす事は出来ませんでした。
その車が一番遠くまで動いたのは上陸地から基地までの５㎞でした。
南極探険史上もう一つの注目すべき出来事は、1935年にアメリカの資産家 リンカーン・エルスワース が行った初の大陸横断飛行でした。
彼は既に1926年にローアル・アムンゼと共に飛行船で北極点上空を飛んでいました。この計画は過去に実施された他の数多くの南極探険と同様、酷い悪天候に見舞われ、何度も挫折を味わいました。エルスワースはどちらかといえば内気な男でしたが、縁起をかついでいつも持ち歩いている、自分にとっての英雄であるワイアット・アープが使っていた弾薬帯を締めて、1934年１月に鯨湾に到着し氷の上にキャンプを設営しました。彼はロス海からウェッデル海への往復ほぼ5,500km（3,400海里）を飛行するという計画を立てました。しかし離陸直前に氷が急激に移動してキャンプは全壊し、飛行機も氷の間に落ちて半壊してしまいました。
この為エルスワースはこの壮大な冒険飛行の延期を余儀なくされました。
同じ年の終わりに再び南極に戻ったエルスワースは前とは逆方向のウェッデル海側から飛行する計画を立てました。しかし悪天候と強情なパイロットのために今回もまた計画した飛行をする事が出来ませんでした。さらにエルスワースの船はウェッデル海のスノーヒル島で氷に閉じ込められ、動き出せる様になるまで何ヶ月もそこに留まっていなければなりませんでした。
エルスワースは1935年11月、三度南極に戻り、南極半島北端の沖合にあるダンディー島にキャンプを設けました。
11月23日､彼と新たに起用したパイロットのハーバー・ホリック＝ケニョンは、ついにロス海のリトル・アメリカに向けて単発のノースロップ単葉機で記念すべきに出発しました。この時の合計飛行時間は14時間でしたが途中で４回給油着陸を余儀なくされ、そのうちの一回はブリザードに襲われたテントの中に八日間も閉じ込められました。そしてあともう少しでゴール到達という所で燃料切れのため､最後の26㎞（16海里）は徒歩でリトル・アメリカ基地にたどりつく羽目になりました。
しかしながら彼の全行程3,600㎞（2,000海里）の飛行は間違いなく偉大な業績であり、くじけない勇気を示したものとなりました。
（南極旅行&南極クルーズ3-5）
