ドライ・バレー
世界で最も極端な生態系の見本をロス海西岸にあるビクトリア・ランド南部のドライ・バレーで見る事ができます。ここはマクマード基地からもスコット基地からもヘリコプターで到達出来る距離にあります。
主要部だけでも面積約2,850平方キロメートルにも広がるこの露岩地帯は、1903年にスコットと2人の隊員によってソリ旅行の途中に発見されたものですが、1年中氷も雪も無い文字通り乾燥しきった渓谷です。ここはほんのわずかの例外を除いてほとんど生物の感じられない所でもあります。スコットの言葉を借りればここは「巨大な氷や大量の水が活動した軌跡はあるが、そのいずれも今は活動していない。」場所でもあります。しかし浸食作用は働いていて、強い風と飛砂に削られて不思議な形になった三稜石が散在しています。
ドライ・バレーにもいくつかの湖沼がありますが、いずれも一風変わった種類のものです。例えばドンファン池は塩化カルシウムの飽和溶液からなっていて、-51℃でも凍結する事がありません。ここで日本の科学者が水中に新鉱物を発見しましたが、その鉱物の結晶は「アンタークティサイト」と命名され冷蔵保存しておかないと液化してしまう特性を持っています。もうひとつのバンダ湖は水の流出が無く永久に氷で覆われている湖です。氷の下の層は冷たい淡水層ですが、さらにその下には水温25℃(77°F)の高濃度の塩水が湛えられています。ここには藻、バクテリア、原生生物が棲んでいますが、外から入ってくるのは太陽エネルギーを除いては無く、外界と完全に遮断されている為、湖の内部だけで栄養循環を行う生態系ができています。
ドライ・バレーで見られるもうひとつの興味ぶかい生活形態は地衣類、菌、藻などの隠花岩石表層繁殖植物群で、これらの隠花植物は文字通り固い石の中で生きています。岩の間の細かい割れ目、そして多孔性の砂岩や花崗岩の結晶の間に潜んでいるのです。これらより高等な動植物は乾燥したドライ・バレーの土地では生き残る事が出来ません。というのもここでは降水量より蒸発の方が多いからです。面白い事に、海から80km以上も離れたこの地にさまよい入ったらしく、いくつものアザラシやペンギンのミイラ化した死骸が何千年もそのままに残っています。スコット自身もウェッデルアザラシの骸骨を見つけています。どうやってここに来たのかは推測しようもありません。ここは正に死の谷そのものです。ドライ・バレーの懸垂(けんすい)氷河、雄大な山脈、そして特異な自然環境は一生に一度は訪れてみたい場所です。この地域一帯がこの世のものとも思えない美しさに溢れています。
(南極旅行&南極クルーズ2-23)