スタンリー
スタンリー(STANLEY)
フォークランドの首都スタンリーは、スタンリー湾の海に囲まれたカラフルな海辺の町です。町にはイギリスの伝統を思い起こさせる赤い電話ボックスや英国風のパブなどがあります。訪問者は、軍事記念碑や博物館、切手局などをお楽しみいただけます。クライストチャーチ大聖堂と隣接するホエールボーン・アーチは、スタンリー中心部のロスロードに位置するスタンリーの最も象徴的なアトラクションの2つです。大聖堂の中に入って、フォークランド諸島の建物とキリスト教の歴史について学びましょう。
フォークランド諸島博物館の訪問は、フォークランド諸島コミュニティの遺産と発展を発見する素晴らしい方法です。 博物館は2つの建物を占めています。ホールドファスト・ロードにあるブリタニア・ハウスとパイオニア・ローにあるカートメル・コテージです。ブリタニア・ハウスには、フォークランド諸島の社会的および自然史を扱ったディスプレイのほとんどが展示されています。外部には、南極半島から移設し、博物館の敷地内に再建されたリクルス小屋があります。カートメル・コテージは、1849年に開拓された最初の植民地時代のコテージの1つで、イギリスからここに定住するようになった軍の年金受給者のためのキットとして持ち込まれました。現在では、1850年代、1940年代、1970年代の生活と古民家が再現されています。
・島には「ストーンラン」と呼ばれる興味深い珍しい風景があります。丘の頂上から珪岩のリボンが流れるように見えるのです。
・830年代初頭、自然科学者チャールズダーウィンを乗せたHMSビーグル号は、フォークランド諸島を訪れました。ダーウィンは、「種の起源について」の概念に重要な動植物、化石を収集しただけでなく、現在「ストーンラン」と呼ばれる地質学的特徴や島周辺の難破船の数についてもコメントしました。
・フォークランド諸島の近くには、ホーン岬が近くにあり、難破船は、暴風と隠れた岩が組み合わさったためにおこりました。貿易が増加するにつれて、来航船の数も増え、さらに難破船も発生しました。難破船の多くは、島の周りの海岸で見る事ができます。
・フォークランド諸島の最初の入植地は、フランスの外交官で探検家のルイ・アントワーヌ・ドゥ・ブーゲンビルによって設立されました。フランス側の出港地だったサン・マロに因んで島をマルイーヌ諸島(Îles Malouines)と名付けました。群島のスペイン語の名前、マルビナス諸島(Islas Malvinas)は、フランス語の名前に由来しています。
・ホエールボーン・アーチは、英国の支配100周年を記念して1933年に2頭のシロナガスクジラの顎骨を使って作られました。セント・メアリー教会は、スタンダード・チャータード銀行の向かいのロスロードにあるビクトリア朝の建物の魅力的な例です。着色されたガラス窓が内部に平和な雰囲気を作り出します。
私たちのほとんどは、ペンギンが極地の生き物であると想像しています。
フォークランド諸島のビーチや羊牧場よりも、氷と雪の世界に営巣しているほうがはるかに多いのです。それでも、毎年夏には、100万羽ものペンギンがフォークランド諸島に営巣しています。
(南極旅行/ポセイドン南極読本3-3)