オキアミ王国
オキアミ王国(The Dominance of Krill)
南極の動物プランクトンは比較的種類が多様化しており、他の海で見られる様なカイアシ類、甲殻類の幼虫、クラゲ、ウニ、ヒトデの幼虫、ヤムシ、稚魚など多くの種類が生息しています。しかし何と言っても動物プランクトンの中で圧倒的に多いのがオキアミなのです。オキアミを意味するクリル(Krill)はノルウェー語に由来し、非常に小さな魚、またはクジラの餌の意味ですが、生物学的にはオキアミは甲殻類に属します。世界には85種類ほどのオキアミがいますが、このうち11種類は南極水域だけで見られます。最も知名度が高く重要なのは最大の長さが5cmのナンキョクオキアミ(Euphausia superba)です。これは非常に豊富で、南極にいる大きな動物生存の要となっています。
南極の食物連鎖は他の海のものよりはるかに単純で、一次生産者の珪藻類から高位の肉食動物(海鳥、アザラシ、クジラなど)までの段階が他の地域よりも少なくなっています。興味深いのは植物プランクトンを食べるオキアミが食物連鎖の重要なリンクを形成しているらしいことです。なぜなら南大洋に生息するオキアミは、何百万もの魚、イカ、ペンギン、アホウドリ、ミズナギドリ、アザラシ、ヒゲクジラ類などの主要な餌になっているからです。実際に私たちが南極で出会う殆どの生物が直接的あるいは間接的に大量のオキアミに依存して生活しているのです。
人類の重量を上回るオキアミ(Krill Outweigh Humans)
南極のオキアミの個体数は600兆と推定されていますが、その平均密度はおよそ1平方kmあたり1,900万匹です。しかしオキアミは特定の地域に群れを作って集まる傾向があります。世界の海岸にいるオキアミの総重量は人類の重量を上回ると考えられます。
オキアミは4℃以下の水温でしか生息できませんが、南極種は、平均で7年位生きられます。これは動物プランクトンでは並外れた寿命です。最近の研究では冬に植物プランクトンが少なくなると成長したオキアミが小さな幼体に後退することが分かってきました。夏が訪れるとオキアミはその生殖器を再生し、再び繁殖のサイクルに入り始めます。雌は1シーズンに最多6,000個の卵を産み、これが外洋に沈殿します。卵は1,000~2,000mほど沈み、孵化すると小さなおたまじゃくしに似た幼体になります。この動物は成体になるまでに12回の脱皮をしなければなりません。ます。この群生行動の理由はまだ解明されていませんが、どうやら光の強度とオキアミの餌である植物プランクトンがどれだけ得られるかという要素にかかっているようです。群れは常に同じような成長段階にある仲間たちの集まりで、オキアミの捕食動物は特に苦労せずに食べ物にありつくことができます。
オキアミは様々な点で不思議な特性を持っています。他の動物プランクトンと異なり海水よりも体重が重いので沈まない様に絶えず泳ぎ続けていなければなりません。オキアミは10本の足を櫂(かい)のようにこぎ続けて水中では、おおよそ55°の角度で漂っています。そのエネルギーの40%が海中で位置を保つために費やされます。十分な食物が見つけられなかったり、弱い固体だったりすると、オキアミは海の底に沈んで酸欠のために窒息してしまいます。
クジラの餌(Whale Food)
南半球のヒゲクジラは毎年夏に南極にやってきて数ヶ月を過します。そして食物の摂取が困難になる冬を乗り切る脂肪を蓄えるため、ひたすらオキアミを食べ続けます。ヒゲクジラは、集中して食物をとる夏場には体重が50%も増加します。成長したシロナガスクジラは1日に5トンものオキアミを食べることができるのです。
ヒゲクジラ類は捕鯨によって数が激減する前は年間に180万トンものオキアミを消費していました。今日では毎年4千万トンを食べているものと見積もられています。多くの研究者たちは、大型のクジラが激減し、その結果、食物の供給が増えるにつれて海鳥やアザラシの数が爆発的に増加する様になりました。カニクイアザラシ(実際はカニではなくオキアミを食べる)は南極で最も数多く見られるアザラシで、おそらく年間1億トン以上のオキアミを消費します。海鳥は推定で4千万トンほどを摂取します。一方魚やイカは毎年1億5,000万トンから2億トンのオキアミを消費します。
潜在的価値(Potential Value)
オキアミ漁の持続可能な最大年間漁獲量が1億1千万トンにも達します。これは全世界の全魚種漁獲高の2倍になります。オキアミは55%が蛋白質ですが、死後、高度な活性酵素がその淡白質を急速に分解してしまうため捕獲後ただちに加工しなければなりません。また加工に際してはオキアミに毒素が発生しないようにする必要があります。オキアミは海水からフッ素を殻のキチン質に取り入れます。オキアミが死ぬとすぐにフッ素が身に沁み込んで汚染してしまうのです。ヨウ素もオキアミの眼に濃縮しています。
旧ソ連では、オキアミは主に飼料として利用されたり、他の肉と混ぜてソーセージや魚団子の材料として使われてきました。日本ではチーズやスープの素、調味料や飲料に利用されて売られています。
現在では、単純でこわれやすい生態系に悪影響を与えずに、どれだけ安全にオキアミを収穫できるか、そしてどうすれば収穫を特定地域に集中させないですむかを決定することが極めて重要な課題となっています。
(南極旅行&南極クルーズ6-3)