寒さへの適応能力
寒さへの適応能力(Adapting to the Cold)
南極で生息するすべての生物は極寒の気象条件に直面しなければなりません。通常、動物が活動できる気温の限界は体液が凍る0℃よりやや下から、蛋白質が凝固し分解したアルブミノイドが破壊される45~50℃の間です。生存可能な最適気温は動物が耐えられる最高気温に近いものです。そして気候の変化に常に順応しなければならず、極地地方、砂漠、高山など条件が限界に近いところでは必然的に水陸共、動物の多様性は減少します。動物は大きく2類型に分けられます。体内温度を周囲の温度に応じて変化させる変温動物と、比較的一定の体温を保つ常温動物の二種類です。
体内温度の変化(Variable Body Temperature)
南極の無脊椎動物と魚類は変温動物で、直接周囲の気温に影響されます。つまり体内温度が下がれば代謝率も下がります。これは変温動物が凍結してしまう危険があることを意味しています。
陸上動物(Terrestrial Animals)
南極大陸では陸上動物は気温の激しい変化に耐えなければなりませんが、水中動物はもっと安定した温度の中で生きています。凍結状態を生き残る為に、昆虫やダニ類は細胞内に氷ができるのを防がなければなりません。同時に内臓、血管、細胞間の隙間などの部分にゆっくりと氷を取り入れてゆきます。また、ある種の動物は低い気温に晒されると脱水してしまった様に見えますが、これで塩分、糖分、その他の成分を組織のなかに濃縮させて氷結点を下げているのです。
細胞が凍結中に破裂する事がなければ、その動物には生き残るチャンスが十分にあるわけです。凍結に耐える昆虫やダニ類はグリセリンのような凍結防止物質を合成する事によりますが、細胞中の水分率を下げて体の組織を凍結から守るのです。南極海の環境は非常に安定していますが、その水温は淡水の結氷点に近いか、それ以下です。多くの無脊椎動物が塩分、グルコース、アミノ酸などの有機化合物を蓄積することで体液の氷結点を下げています。
南極の魚類(Antarctic Fishes)
南極の魚類は全ての海水魚と同様に体内の塩分を棲息する海水より僅かに低い値で保っています。理論上から言えば、これらの生物は海水より高い温度で凍結するはずです。(海水は-1.8℃で凍結する)南極の魚の中には、塩化イオンあるいは尿素を体内の組織にためて凍結点を下げているものもいます。
南極の魚の酵素体系はとても効率がよく、大変冷たい水の中でも高いレベルで活動を続けることができるのです。ある種の魚は糖蛋白質を合成する事ができ、この糖蛋白質が不凍液のような働きをして、組織内に氷の結晶が成長するのをくい止めています。冷たい南極の海では溶存酸素の量がとても多く、多くの魚は細胞にほとんど、あるいは全く赤血球がなくても生存する事が出来ます。このような理由で、これらの魚は色が白かったり、またはほとんど無色だったりします。面白い事にこれらの魚は長時間海氷に接しでもしようものなら組織が凍って死んでしまいます。
常温動物(Constant Body Temperature)
一方南極の鳥類と哺乳類は常温動物に分類されます。これらの動物は寒さの度合いに拘らず常に最適な体内温度を保持する事ができます。最適な体内温度を維持して生活することは、神経の伝達、筋肉の収縮、消化などの生命維持プロセスが最も効率的に、しかし高い代謝を代償にして展開される事を意味します。高い体温を保つために、これらの動物は自ら断熱して寒さから身を守らなくてはなりません。鳥と哺乳類の二つのグループはそれぞれ異なった方法でこの目的を達成しています。空気は熱の不良導体ですから、断熱材として効率よく利用する事が可能です。鳥たちは空気を十分に活用し、羽を使って体の回りに空気の層を集めます。水滴を防ぐ大きな羽根を持ち、空気を体の近くに保つために体を綿毛で覆っています。伸縮する翼を持った鳥たちは体に翼を寄せて更に風や冷たい空気から身を守るのです。
羽根(Feathers)
鳥は羽根が濡れても水浸しにならないようにする必要があります。水は空気の約25倍も熱を伝導するため、きわめて急速に体の熱を奪います。南極の鳥のほとんどは尾の付け根のあたりによく発達した尾脂腺(脂肪分泌腺)を持っています。羽づくろいするときにこの油性の分泌物を羽毛全体にこすりつけて羽根が水滴をはじくようにします。その上、鳥には耳とか尾のような表皮近くに血管が多く走っているような露出部分がありません。足やくちばしにも、殆どあるいは全く血管がありません。これで血液が冷却されるのを防いでいるのです。
ペンギンは海鳥の中でも最も水に適応した鳥ですが、最大限に断熱できるように進化した羽根を備えています。たいてい羽根が狭い索に生えていて、羽根をふくらませて羽根が生えてない皮膚を覆います。しかしペンギンは、ものすごく沢山の羽根が生えているので体の表面全体を濃く密集した羽毛で覆うことができます。魚のうろこの様な外側部分は細かく重なっていて全くといっていい程、風や水を通しません。下の方の骨幹にはふさふさした毛が生えていての断熱層になっています。ペンギンはまた、羽根の他に厚い脂肪層である皮下脂肪も持っています。
逆に断熱性に優れているため、ペンギンは暖かい気温にはうまく適応できない構造を持っています。脚部の外皮には他の鳥以上に血管がめぐらされており、必要な場合はこの血管を用いて熱を放出します。このような理由で水から出たばかりのときは脚が白くなっているのに、巣ごもりしたり、ねぐらについている時の脚は、ピンク色になっているのです。
断熱効果の皮下脂肪(Insulating Blubber)
南極で見られる哺乳類は全て、もちろん人間は除き、水生生物です。クジラ目の動物(クジラやイルカ)は豊富な油分を持つ皮膚の下の脂肪、つまり皮下脂肪で熱が逃げ出すのを防いでいます。たびたび水から上がってきて毛皮を毛づくろいしたり、清潔にするため空気に曝したりする様な訳にもいきません。
脂肪は優れた断熱材であるばかりでなく食物が足りなくなった時に生存するためのエネルギーを蓄積するという二重の用途があります。しかし一般に常温動物は周囲の温度が低い時は、より多くの食物を必要とします。冬場は夏場より約50%も多くの食物を必要としますが、この時期はますます食物の確保が難しくなる時期にあたります。従って南極が冬の時はクジラ目の動物はたいていのアザラシや海鳥も、より緯度が低く温暖な天候の場所に回遊します。(しかし、ある種のペンギンやアザラシは一年中南極海域に留まっています。
夏を過す海岸地域から冬場に海氷の端へ移動するだけなのです。ウェッデルアザラシは冬でも沿岸近くに留まります。海氷のタイドクラックを利用して呼吸用の穴と餌への出入り口を確保しています。
南極のアザラシやオットセイ(分類学上鰭脚類と呼ばれる)はクジラ目の動物のように断熱のための厚い脂肪層を持っていますが、一部は、寒さから身を守るためにさらに毛皮を備えています。実際にアザラシは非常に効率よく熱の発散をくい止めるため、数時間氷の上の同じ場所にいた後でもその氷は殆どあるいは目に見えるほど融けたりすることはなく、また死んで何時間もたった後でも高い体温を保っているのです。
補足:乱獲の為、少なくなりつつあるオットセイを求めて探索した結果、多くの南極海域の島々が発見されました。
暖かい毛皮の外皮(Warm Fur Coats)
アザラシやオットセイには2種類の体毛があります。粗くて長い粗毛外毛と短い縮れた内毛(線毛)です。殆どのアザラシ類は1本の外毛につき内毛は僅かに2~5本しかないため、断熱材としての外毛の価値はあまりなく、熱の放出を防ぐのはもっぱら皮下脂肪に頼っています。しかしながらオットセイは1本の外毛につき70本の内毛を持ち、これがとても優れた断熱価値を持った外皮となるのです。残念ながらその密生した豪華なオットセイの外皮は最近まで商品として尊重されてきました。実際に一度群生地が発見されるとその個体群のほとんどが乱獲され絶滅に近くなったため、次々と新しい漁場が求められて19世紀初頭の南極大陸発見につながったのです。
(南極旅行&南極クルーズ6-2)