北極の蛾/ドクガ科タソック・ガ属4種
北極の蛾 (THE ARCTIC MOTH )
(Gynaephora rossii & G. graenlandica=Arctic woolly bear moth)
ドクガ科 タソック・ガ属4種
By R.K.Headland, Scott Polar Research Institute, University of Cambridge, U.K. CB2 1ER VIII 2010
寿命17年と言うセミの何種類かを除いて、昆虫類で最も長い寿命をもつ北極蛾には2種があります。一生の内13年近くも幼虫の段階であるケムシの形で過ごします。
そして残りの成長段階、サナギ、成虫、交尾、産卵、孵化、最初の2脱皮などは寿命最後の14年目のひと夏4~6週間に行われます。
学名Gynaephora rossiiは北極の周り全域の高い標高、特にウランゲル島に多く見られる種で、学名G. graenlandicaはカナダ高緯度北極とグリーンランドで見られます。幼虫の生息地は乾燥したチョウノスケソウやヤナギが多い丘陵ツンドラです。好物はホッキョクヤナギの柔らかい葉やつぼみで他にもいろいろな植物を食べます。
冬は幼虫の段階で過ごしますが、他の無脊椎動物と異なり、これら2種は-15℃位まで気温が下がる事がある夏でも凍結耐性を失いません。
幼虫は冬の悪天候に備えて体内にグリセリン、トレハロース、アラニン、べタニンなどの冷凍保存防腐剤を合成して少なくとも-70℃位の低温に耐えられるのです。
冷凍されると、氷は空気を通さないので無酸素代謝となります。この過程はグリセリン中間体とその生産物の代謝を遅くして、冷凍保存防腐剤の役目を果たします。
さらに、幼虫はミトコンドリアの分解を行って事実上、酸化的リン酸化(代謝物の酸化によって放出されるエネルギーがアデノシンミリン酸ATPを合成する過程)できないようにしてしまい、無酸素代謝の産物の蓄積を促進して、それがさらに凍結耐性を高める結果となります。
これら色々の予防性ポリオール(多価アルコール)で体液が結晶化しないまま極低温になるので、細胞が壊れて生物が死に至る事がないのです。
晩夏の頃ケムシは食餌を止め、マンテマの中や岩の割れ目などに身を隠して冬用に絹状の糸を紡ぎます。この休眠にはいくつかの理由が考えられます。
第一に、ヒメバチやヤドリバエなどの捕食寄生者(最終的に宿食を食べてしまう寄生者)の活動が最も活発な時期を避けるため。
第二に、ヤナギ類はこの季節は葉の炭水化物の蓄積を少なくして二次的な代謝産物を高めます。結果として幼虫の食餌は高エネルギー源と高品質の餌がどれだけあるかに左右されます。
第三に、他の北極種の生物同様ケムシにとって太陽光の暖かさは非常に重要でが、他の北極動物のように食べる事にほとんどの時間を費やすのではなく、Gynaephoraのケムシは半分以上の時間を日向ぼっこに費やして、次の餌場までの必要最小限のみ動きます。
寒い中で動き回ったり食餌したりすることで体温が少なからず下がってしまうからです。晩夏になると太陽の放射熱が急激に下がるので、体温を充分に上げられない事もあるのです。
ケムシは他のチョウ・ガ類の幼虫よりも成長が遅いのです。
消化吸収効率は他の種の4倍もあるのに、成長に最適な気温下であっても他種の幼虫の年間成長率の約30%しか成長しません。高品質の餌、低い成長率、短い食餌期間全てが例外的な長寿に貢献しているようです。
この2種のケムシは文字通り全身毛むくじゃらで、色は茶色(エルズミア島)から濃い茶色(グリーンランド)、黒(ウランゲル島)まで色々です。
背中には節目ごとに黄色や茶色い楕円形の縞模様を持つものもあります。
暗い色は太陽の放射熱をよく吸収します。晴れている時は植物や岩の上で日光浴をしているのが見られるかもしれません。
大きなものは2㌢以上もあり、成虫の羽はツンドラの土や岩に似た灰色系の保護色をしています。雄は静かな天気であれば活発に飛び回り、雌のフェロモンを察知するように目立った触角を付けています。
雌は他のドクガ同様ほとんど飛ばず、産卵後まもなく死にます。
(北極旅行&北極クルーズ6-39)