カリブー/トナカイ
カリブー (Caribou)/トナカイ (Reindeer)
トナカイ/カリブー ( Reindeer = ユーラシア種、Caribou = 北米種)
シカ科トナカイ属 7亜種
北米ではカリブーと別の名前で呼ばれていますが、専門家は同じ学名のRangifer tarandusであると判断しています。
カリブーの名はアメリカ原住民の言葉からきており、和名のトナカイはアイヌ語起源です。亜種の中にはほとんど白色に近いピアリーカリブー(エルズミア島)や背の低いスヴァールバル・トナカイそしてシンリントナカイ(ブリティッシュコロンビア州)などがあります。
家畜化されているトナカイがカリブーより小型で早い時期に繁殖するという事以外両者にはほとんど違いがありません。
どちらも北極のツンドラ地帯や隣接する亜北極の針葉樹林帯に生息しています。
中央アジアやシベリア南部の山岳地方にも分離したいくつかのトナカイの群れがいます。ヨーロッパの洞窟壁画には旧石器時代人がトナカイ狩りをしている様子が描かれかており、科学者の中にはトナカイを、人類が家畜化した最初の動物の一つに含める人もいます。
カリブーはシカ科の大形の仲間です。幅広くてくぼんだ蹄は柔らかい地面を歩いたり雪を掘ったりするのに都合よくできています。
雌雄とも角が生えますが、雄の角は繁殖期の求愛の目印と共に、ライバルとの戦いの際の武器にもなります。
氷河期にはトナカイ/カリブーは地球上の広い範囲を歩き回っていました。
同じような太古の動物が絶滅してしまったのにもかかわらずトナカイ/カリブーは北極で生き残りました。
今の種は氷河期の頃よりはるかに小型化しています。
少なくとも1900年頃までは、カリブーは北米で2500万頭を数え、アジア北部とヨーロッパのトナカイはさらに多い数が見られたのです。
当時、カリブーより多いのは北米西部のバイソン(野牛)だけでしたが、年と共にこれらは自然の、あるいは人的原因のため激減し、絶滅してしまった群れもいくつかあります。
1800年代初期に、カリブーはグリーンランド北部のチューレ地方や北東部ではよく見かける動物でしたが、1869年までに全ていなくなってしまいました。
カリブーの消滅は真冬の壊滅的な気候が原因でした。
真冬に一時的な温風が吹いた後の氷点下の気温で地面が厚い氷に覆われてしまい、カリブーやジャコウウシがえさを食べられなくなってしまったのです。
その結果、カリブーとその狩りで生活していたグリーンランド人部落両方の多くが死に絶えてしまいました。
1800年代末に、米国政府はシベリアからカリブーに替わるトナカイを輸入してアラスカの狩人達にトナカイ放牧生活の訓練を始めました。
その努力は失敗に終わり、2度目の試みも成功しませんでした。
カナダ連邦政府も3,000頭を購入しアクラヴィクのカナダエスキモー村に届けてトナカイ飼育法を指導する契約をラップ人と結びました。
アラスカのバックランド湾から2,890㌔にもおよぶトナカイ行進が1929年のクリスマスに始まりました。
沿岸に沿う航路は風雪から群れを護る森林が無く、何度もブリザードで群れが散逸したり、交尾期には土着のカリブーに雌を奪われたりすることに悩まされました。
カリブーの群れは1934年に凍りついたマッケンジー川を渡り、出発してから5年後についにカナダ政府側に引き渡されました。
途中で子供が生まれていたので引き渡された数は、当初の5割増しとなっていました。トナカイはアリューシャン列島や南極大陸に近いサウスジョージア(1909)にも持ち込まれました。1955年と翌年にはフランス政府が数頭のトナカイをケルゲレン島に放ちうまく増殖しましたが、近年の、土着種を保護し外来動植物移入禁止の風潮を受けて、サウスジョージアとケルゲレン両島では駆除プログラムが進行中(2014年末現在)です。
カリブーは森林境界線と北極海の間を絶え間なく歩き回っているため、北の放浪者の別名があります。
トナカイ/カリブーはユーラシア、北米、グリーンランドそして北極の大きな島々のツンドラと針葉樹林帯に生息しています。
ベーリンジア地方ではヤクーツク(サハ共和国)東部、アナディリ山地とアラスカ西部に生息しています。ときにはこれらの分布範囲を超えてヨーロッパやアジア北部の島々までも足を延ばします。
シベリア沖の島々の中には大陸から続く雪の中のトナカイの獣道を辿って行くうちに偶然発見されたものもあります。
ヨーロッパ種も北米種も全て冬の餌場から夏の餌場へそして分娩場所へと移動します。トナカイ/カリブーは極めて社会的性格を持ち、群生する習性を持っているので、常に群れで移動し、時には何千頭と言う数にもなります。群れは共通の分娩地ごとに分かれています。最も大きな群れの移動は幅が80㌔で何日も続く長さです。枝角が集まった様はさながら動く森のようです。他のほとんどの動物が食べない地衣類を食べて生きられるトナカイ/カリブーは極地の牧草地でない所でも生きられるのです。彼らの好きな地衣類はトナカイゴケ(ハナゴケ)ですが他の地衣類や樹上地衣類も食べます。後者はサルオガセで氷が覆って地上の地衣類を食べられない時に食べます。ところが、地衣類は成長が遅く、踏みつけられるとなかなか再生できず、ツンドラの火事で大きな被害を受ける事もあります。
荒らされていない草地を求めて、あるいは途中の狩りの必要性などから、群れを従来の移動ルートから逸らせることもありますが、トナカイ/カリブーに食料や衣料を依存している人々ははぐれた群れの一員を求めて遠く広い範囲を探さなければなりません。
春が訪れると、妊娠中の雌は前
年に生まれた子供を連れて群れを分娩地へと引率します。そこで1頭の児を出産します。新生児は1時間も経たないうちに歩けるようになり2~3日後には人より早く走れるようになります。
カナダ中央部やラブラドール地方の群は北極海を目指して北進しますが、雄の群れは沿岸地帯をゆっくり移動します。
分娩地は群れの存在にとって非常に大切です。
早春の頃にはトナカイ/カリブーはカバノキやヤナギの先端をかじり、イネ科植物の若葉、スゲ、マッシュルームなども食べ、古い骨をしゃぶり、タビネズミを襲う事さえあります。
海岸線に達すると海に入り海水を飲みます。
この事はトナカイ/カリブーはミネラルやビタミンの欠乏を補う何らかの必要がある事を示唆しています。真夏に蚊やハエに悩まされると風の強い海岸地帯やまだ残っている雪渓に逃れる事があります。
初雪が降る頃、早ければ8月に群れは南に向かいます。
春の移動と異なり、秋の群れは雌雄や年齢も混合です。
交尾行動が始まるのはこの時で、冬の餌場に着くまで続きます。
途中小さな群れは離れて後に残ります。
エルズミア島、グラント・ランド、スベルドラップ諸島のピアリーカリブーとスピッツベルゲンのトナカイは季節移動しませんが、これはおそらく地理的に隔絶されている事と血統的にトナカイ属の中心部から離れているためと考えられます。
小規模の移動や海水を渡って対岸の島に小旅行する場合を除いてこれらの群れは年中定住しています。
高緯度北極ではカリブーとジャコウウシが極地砂漠のような気候の中で共存しています。それはカリブーが地衣類を食べ、ジャコウウシはヤナギ、乾燥した草やスゲを食べて競合していないからです。
トナカイ/カリブーは雌雄ともに枝角を持っているという点で他のシカ科動物とは異なっています。
雄の枝角は雌の物より重く、長さも1.2㍍まで達します。枝角の一本が湾曲して顔の真ん中に垂れ下がっているという点でも特異です。
枝角はたわみ易くなってはいますが、雄同士が戦いの際に角が絡み合って死んでしまう事もあります。
トナカイ属は極地での生存に適応しており、北極地方全域に分布しています。身体は小さく短い尾と耳で体温が逃げる表面積が少なくなっています。
トナカイ属中最北種はエルズミア島のピアリーカリブーです。
同種中最少でもあり体毛はほぼ白色です。まず最後の氷河期に主たる群れから分離した後、遠隔地であった為にそのまま隔離され続けた種類の代表です。
トナカイ/カリブーの特徴の一つは底が広い蹄です。
蹄は深く溝が入っているので広がってふわふわの雪やぬかるみでもうまく身体を支えられるようになっています。
さらに幅広い蹄は泳ぐのにも都合よく、とても力強く上手に泳ぐことが出来ます。躊躇することなく急流を渡り沖合の島へもどんどん泳いで渡ります。
硬い地面を歩くときには蹄がカスタネットのようにカタカタとなります。一歩足を踏み出すごとにつま先の腱がちいさな骨と交差して音が出るのです。
餌を食べる時には角を使うのではなく、足で雪をどけて地衣類を掘り出します。
カリブーは冬の環境に良く適応しています。餌が乏しくなる厳しい環境では、餌の摂取量を減らし、代謝率を下げています。トナカイゴケなどの地衣類は彼らにとって大切な冬の食糧です。(極限の状態ではコンブなどの海藻類を食べる事もありますが。) カリブーは年々冬の生活圏を移動して密集しすぎないようにしています。大雪や厚い氷で地衣類を掘り出し難い場合は、若干積雪が少なく樹木につく地衣類も食べられる森林地帯で冬を過ごすこともあります。
(北極旅行&北極クルーズ6-34)