ムルマンスク・ラン/補給航路
第二次世界大戦中、連合国側の商船団は必要不可欠な備品、燃料、雑貨、要員などを世界中の戦場に輸送していました。
これらの商船団員の生活は危険でしたが、おそらくその中でも最も危険だったのが悪名高いムルマンスク補給航路でした。
1941年6月ドイツ軍はソ連に対して攻撃を開始しました。
連合国軍側は敵に対戦しているソ連軍を援助するために必要物資をできるだけ送る事に同意しました。
最も速い供給ルートは北極海のバレンツ海経由ムルマンスク行きでした。
ナチス軍もこの補給路の重要性を認識していたので、連合軍補給船団を攻撃するために何十隻ものUボート、奇襲部隊、そして何百機もの戦闘機を繰り返し派遣しました。天候がもう一つの敵でした。暗い方が敵に見つかりにくいため補給船団の多くが冬にこのルートを使いましたが、極地の冬は氷と氷点下の気温に問題がありました。
時に北風は、20㍍を超えるうねりを生み出しました。双眼鏡、銃器、魚雷なども凍りついてしまいました。甲板の氷のためにほとんど歩けない状態になったり、氷の重さで重心が高くなり不安定になったりする船も出ました。このムルマンスク補給航路で働いた兵士や商船員たちは戦史史上最も勇敢な人々の中に入るでしょう。
(北極旅行&北極クルーズ2-35)