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【スタッフレポート】スノーヒル島コウテイペンギン・エクスペディション
クルーズライフの「日本人通訳兼ナチュラリストガイド」として乗船した保阪瑠璃子さんより2018年10月31日~11月12日の砕氷船カピタン・フレブニコフ利用のスノーヒル島コウテイペンギンクルーズのレポートをご紹介します。
究極の南極エクスペディションと言えるのが、砕氷船で訪れる南極コウテイペンギン・エクスペディションでしょう。
コウテイペンギンの繁殖を観察できる最も手軽で確実な方法であるウェッデル海のスノーヒル島南岸の定着氷帯に6日間留まり、ほぼ毎日ヘリコプターでコウテイペンギン・コロニーに通って子育てをつぶさに観察・カメラに収めるエクスペディションでした。
同じ南極半島でも西岸側とウェッデル海に接する東岸側では環境が大きく異なります。
春になると氷上のシャクルトン隊も運んだウェッデル海の渦巻き海流が大きな海氷を半島側に押し付けるので、東岸側は気温(-20℃~-5℃)、風速(秒速5~25m)とずうっと厳しく、卓上氷山なども辺りに見える南極らしい風景です。
しかし真冬(5月末頃)に定着氷上で産卵するコウテイペンギンのかわいいヒナを含めた繁殖風景が見られる10~12月の流氷群の海には砕氷能力を持った船が必要です。
さらに、砕氷船付属のヘリコプターで繁殖地手前約1.5kmの氷山の陰に降り立ちコロニーまで氷上を歩きます。
砕氷船と耐氷船の違い
下の図は大手船舶保険会社のホームページから拝借した「極地運行船のカテゴリー分け」に関する早見表です。
カテゴリーは「氷の厚さ」「一年氷か多年氷か」「年間運航か夏季のみ運航か」などによって異なり、冬季に厚さ3mの多年氷を運航できる最強砕氷船(PC1:原子力砕氷船)から、夏季に厚さ40cmの1年氷を運航できる1Cかそれ以下(1D、E)まで載っていますが、厳密に砕氷船と耐氷船とに分けずにPolar Class(極地クラス)内のカテゴリーに分けています。
私達素人は「砕氷船は氷を割って進むが、耐氷船は割れている氷を押しのけて進む」と理解して良いと思います。砕氷船は氷に乗り上げて船の重さで割るための強力なエンジンと、船体の頑強さに代表される構造など特別に設計・建造されているものです。
今回は日本の南極観測艦しらせ類似の砕氷能力を持つといわれるカピタン・フレブニコフ号(15,000トン、24,200馬力相当 アイスクラスLL-3=PC3)で、スノーヒル島南端に接する定着氷上で繁殖中のコウテイペンギンを重点的に見るために、世界各国から集まった93名の乗客に混じって、まだ初夏のウシュアイア港を出発しました。
カピタン・フレブニコフを含む現存の砕氷船はみな客船用には設計されていず、全てが砕氷という実用最優先に作られています。船内装飾は無く、階段も比較的急ですが、機能的で収納スペース十分なオフィサー用船室を使います。
私も2008年のロス海エクスペディション以来、10年ぶりのカピタン・フレブニコフ(通称KK)を懐かしく思いました。
砕氷船は氷に乗り上げて船の重さで氷を割りますが、氷に乗り上げ易いように船底は丸くできていますし、フィンスタビライザーも氷を割る際に邪魔になるので付いていませんから、海が荒れると船もよく揺れますが、事前に準備しておけば大丈夫です。
準備とは、まず酔い止め薬を飲むこと。次にカメラなど大切なものや壊れ易い物は引き出しに入れるなりして片付けます。
濡らしたタオル、すべり止めのキッチンシートや裏表にしたガムテープなどで上の物が落ちないようにするのも一考です。
大切なのは、出航後5時間の外洋に出る前にこれらの荷ほどきやシャワーを済ませ早めに寝ることにより、旅の疲れを残さない事です。
出航2日後の早朝には南極条約の範囲である南緯60度を超え気温も0.1℃に下がりました。
スノーヒル島までの間はさまざまな南極講座や国際南極旅行運航会社協会(IAATO)共通のガイドライン、外来動植物を持ち込まないための掃除機かけ、そしてヘリコプター利用の安全オリエンテーションを行いました。
片側20度の揺れを経験したドレーク海峡を越えて、3日目の午後、予想より半日早くコウテイペンギンとの対面が叶いました。
MI2ヘリ2機に7名ずつ乗り込み数分の飛行後、定着氷上のベースキャンプに降り立ちました。
ベースキャンプはペンギンコロニーより1km以上離れている必要があります。
ここでは天候急変による飛行中断に備えて避難・待機用のテント2張りが張られて中には各30名程度が夜を過ごせるように装備があります。実際、我々も2度ほど吹雪による視界不良で1時間程度の飛行中断の際、テント内で待機しました。
私たちは今シーズン4便中3便目で、滞在中(11月初旬)の気温は-2.5℃~-8℃程度でしたが、1便目の10月初旬には気温-20℃、10m以上の吹きさらしの海氷上で、カメラのシャッターを押していたために、指が凍傷になった人も出たとの話も聞きました。
ベースキャンプとコロニーの間は旗をたどって歩きますが、場所によっては氷や雪がごく滑り易くなっているので注意が必要です。
発見された1997年以来、7,900番(つがい2013年)に増えているスノーヒル島のコロニーは毎年移動しており、さらに同じ年でもヒナの成長に従い海に向かって少しずつ移動しています。
私たちの観察中も数羽の成鳥に付き添われるように十数羽ずつのヒナが陸に近い元のコロニーから移動していました。ヒナだけのグループ移動もありました。
強風・視界不良でヘリコプターが飛べない日には船内の南極講座で、親子は2段階の音声の鳴き声で確認する事。
そして厳しい冬に産卵するコウテイペンギンの繁殖ホルモンは非常に強くて、卵やヒナを失っても子育てを続けようと他の卵やヒナを奪おうとする事なども学びました。
オオトウゾクカモメは10月下旬にはコロニーに現れ、続いて現れたミナミオオフルマカモメと共に弱ったコウテイペンギンの成鳥を食べていました。そしてそのおこぼれをサヤハシチドリがしっかりお掃除していました。
私たちが訪れた時のヒナはクレッシュと言われる保育所段階で、両親とも海に出ているヒナ達が集まっていました。
12月には親と同じ防水機能のある羽に生え変わり次々と海に出て行きます。
親鳥はその間数週間、海で体力を回復した後、手近の氷上や島で約1か月間新しい羽に生え変わる換羽期を過ごします。
その頃には冬を過ごした定着氷は細かく割れて海に流れ出てしまっているかもしれません。
ですから1~2月頃の南極クルーズでたまに見かけるコウテイペンギンは換羽中か終わったばかりのものです。
親とヒナを同時に観察できるのは12月までです。
天候が許す限り午前8時ごろから午後6時頃までペンギンコロニーに居残る事も可能ですが、午後3時ごろには雪や霧で視界が悪くなることが多かったように思います。
最後に、南極半島西岸側と大きく環境が異なるコウテイペンギン・エクスペディションで用意しておくと良いと思った装備は以下の通りです:
ホッカイロ:-8℃+風速10m=体感温度-22℃という計算が成り立つので絶対必要です。
アイゼン:ベースキャンプから約1.5km歩く氷上はどこもとても滑り易いのです。ハイキングポールも良い。
折り畳み式小型椅子:数時間氷の上に立ち続けるのは疲れますし、氷に座るのは冷たいです。釣りなどに使う小型の椅子があると、前に三脚を据えてじっくりシャッターチャンスをねらえます。
小型ソリ:カメラ機材が多い方はプラスチック製の小さなソリに乗せて引くと少し楽でしょう。
膝あて:ペンギン目線に合わせて写真を撮るためには膝をついたり座り込んだりする必要がありますが、硬い氷の上では痛いです。ホームセンターで売っている工事用かバレーボール用のものでよいでしょう。
厚手の中敷き:支給されるブーツは極地用ですが、中敷きも厚くした方がより温かいです。
指先部分が外せる手袋:厚くて暖かい手袋に加えて細かい作業用に指カバーが外せる手袋があると便利です。