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【スタッフレポート】北緯90度 北極点への旅
クルーズライフの「日本人通訳兼ナチュラリストガイド」として乗船している、保阪瑠璃子の2018年北極点クルーズのレポートです。
6月24日(日) ヘルシンキ集合(ヒルトンエアポート泊) 18℃
ヒルトン・ヘルシンキ・エアポートホテルに世界各国からの参加者が集合しました。
クォーク社ホスピタリティ・デスク(18:00~20:30)で船室番号の荷物札と出発までのスケジュール表が配布されます。
今回は中国グループ38名、ドイツグループ10名、日本グループ9名、英語圏の個人参加者の合計で113名とのことでしたが、中国グループのほとんどはモスクワ経由でムルマンスク合流となるようです。
6月25日(月) ヘルシンキ✈ムルマンスク 曇り15℃→ムルマンスク市内観光→乗船
荷物出し(05:00)、ビュッフェの軽朝食(04:30~06:00)
ロビーでスーツケースを確認し空港のチェックインカウンターまで運ぶステッカーを貼ってもらいます。ホテルから徒歩数分で国際線出発ターミナルに到着し、チャーター便のチェックインを行います。空港でお客様にムルマンスク到着後の観光で使用するイヤホンガイドの受信機をお渡ししました。
フィンエアーのチャーター機で約1時間40分の飛行でロシア・ムルマンスクへ。機内では朝食が出てきました。時差はありません。ムルマンスクでは以前に比べ入国審査台が5ヶ所に増えていました。大都市では使わなくなっている出入国カードがここでは使用されていますが税関申告書は使われていません。トイレ事情も改善されていました。
トイレ付きのスカンジナビア風バス2台(混載)で数年前に完成したシラカバの間の高速道路を約40分で市内のホテルへ移動し、ビュッフェ式ロシア料理の昼食を召し上がりました。
その後、人口約30万人の北極圏内最大の都市ムルマンスク市内を観光。市内は数年前から新しいビルが建ち始め、カラフルな広告塔も増え、ソ連時代の灰色から明るい街になった感じがしました。世界最北のマクドナルドやケンタッキー・フライド・チキンもあるのです。祖国防衛記念碑(通称アリョーシャの像)、初代原子力砕氷船レーニン号、コラ半島博物館などを観光しました。
18:30過ぎに港のロシア原子力船団本社ビル内のセキュリティチェックを通って歩いて乗船します。今クルーズで使用する船内時刻に合わせて時計を2時間遅らせます。船内ツアー、エクスペディション・チームとホテル部門スタッフの紹介、避難訓練の説明後に夕食。早朝からの長い一日の後ぐっすり寝ている間に満潮に乗って50イヤーズ・オヴ・ヴィクトリーは出港から約3時間後にコラ湾からバレンツ海に出ました。
6月26日(火) バレンツ海 うす曇り8℃ 北極点まで約1,258海里(2,330km)
静かなバレンツ海をスイスイと20ノットでフランツヨーゼフ・ランドに向けて北上します。砕氷船特有の広い操舵室の右舷側には私たちも自由に出入りできるので海鳥の観察や、氷海ではホッキョクグマ発見に最適な場所です。
午前中は私の同時通訳で北極講座「北極海の地図ができるまでの探検史」とパルカとブーツの配布、そして避難訓練では自分の救命ボートを確認しました。午後は南極クルーズと同様に、北極も環境にやさしく安全な観光をするためのオリエンテーションが行われました。
個人精算に使うクレジットカードの登録も行われます。
午後の北極講座は「北極の鳥」、「フランツヨーゼフ・ランド発見歴史」が行われました。
歓迎カクテルではオレグ船長他各士官が紹介され、カメララッシュとなりました。
6月27日(水) バレンツ海 霧雲 気温3℃ 07:00現在 北緯77度45分 東経44度26分
水深200~300mほどの広い大陸棚が続くバレンツ海をフランツヨーゼフ・ランドに向けて約19ノットで北上。今日の北極講座は「大海の波間の氷」と「フランツヨーゼフ・ランド発見歴史」、ヘリコプター遊覧飛行のオリエンテーション、日本語DVD「極点への挑戦競争」など盛りだくさんの1日でした。
ヘリコプター遊覧には上下の視界が150m以上、水平方向の視界が2km以上あり、風が強すぎないことが条件です。船の周りにはたくさんのミツユビカモメやフルマカモメが飛び交い、中には換羽期を迎えて翼の羽が抜け落ちているものが多々見られました。
夕食前30~40分間の「リキャップとブリーフィング=今日のまとめと明日の予定案内」はガイドブックなどに乗っていない最新情報や面白い話が聞けるので毎回出席することをお勧めします。
夕刻には北緯80度を超えてフランツヨーゼフ・ランドの南に張り出している流氷群に突入しました。
6月28日(木) 07:00 北緯84度02分 東経52度48分
霧後晴れ 風25ノット 極点まで360海里
フランツヨーゼフ・ランドを抜けて氷海の中を北上中、夜中の1時半にホッキョクグマ(#1)出現との放送に目が覚めて、前甲板に駆けつける(北緯82度54分)。さらに2時には2頭目(#2)が、朝食中の08:00には母子(#3、4)が現れて船中が興奮のるつぼと化しました。
北極講座は「砕氷船の仕組み」「ボルネオ氷上キャンプ」「ホッキョクグマI」そしてロシア北極公園管理局スタッフ指導のホッキョクグマ粘土細工。
周りは水面のない氷海に囲まれていますが、船のスピードは15ノットを維持していました。これからはドシン・ガリガリ・ゴツンなどの割った氷が船体にぶつかるショックと全力で進む船の振動が北極点到着まで一日中続くこととになります。ここ数年と大きく異なり、今季は多年氷が非常に厳しく前便の第一便もだいぶ苦労したようで、私たちも身が引き締まる思いでした。
リキャップでは今日見たホッキョクグマの性別談議に花が咲きました。多少遠くてもとりあえず撮影しておき、後で拡大してみると細部まで見えるので判断の助けになります。顔や首に傷、首が太い、前足後方の毛が長いなどは雄の特徴で、子連れ、前足の間に乳首が見えます。首が長いなどは雌の特徴ですが、若獣は雌雄の判別が非常に難しいです。
6月29日(金) 07:00現在 北緯87度59分 東経47度27分 気温2℃
北極点まで120海里(222.24km)
全く水面の見えない氷海を9ノット前後で北上します。時折、流氷が重なったまま再凍結した氷丘脈に遭遇した時は、船2隻分くらい後ずさりしてから全力突進するラミングをします。これが多年氷の厳しさなのです。シベリアの大河から流入する大量の淡水のために北極海の上層水は塩分が若干少なく、凍り易く融けにくい性質があります。
水面に近い一番下の側面デッキから見ると、割れた氷の厚さが2m近くあり全く崩れずに船体にぶつかっている様がよく分かり、それらは豆板氷菓子のような美しい青色をしています。船尾では割った氷が船体の下から浮き上がって流れていく様子が良く見えて、世界最強の原子力砕氷船の力強さを感じます。1枚あたり7トンの羽4枚を付けたプロペラが3基ついているのです。
北極講座は「北極点到達競争の歴史」「北極点到達後の行事について」「海氷のエコロジー」「極地写真講座」
さらに日本人グループは船長のサロンでカクテルと写真タイム、そして事前に配布されている50イヤーズ・オヴ・ヴィクトリー号の詳細な日本語解説文を読んでからエンジンルームツアーに臨みました。明日未明頃には北極点到着となりそうです。今日の昼締め切りで北極点到達時刻予想あてコンテストが行われました。
6月30日(土) 北極点到達(午前6時18分) 曇り 風12ノット 気温0℃
極点前5海里から1海里ごとのカウントダウン放送が始まり、3海里手前頃からGPSを手に前甲板を歩き回る人たちが見えます。船長のGPSモニターが北緯90.0000°となる為にはGPS用アンテナが極点を中心とした半径2m程度の円内に入らなければならないという事です。
90度に到達したその瞬間に汽笛が鳴らされ、自分のGPSも90度になった方はにんまりし、まだの方は液晶画面をにらみながら甲板のあちこちを歩き回っています。
エクスペディションリーダーのあいさつとシャンパンで乾杯した後は、それぞれの国旗を持ち出してグループ記念撮影をしました。長い間の念願がかなった方、海外旅行最後の締めくくりとして来られた方、また逆に初めての海外旅行に北極点を選んだ方など様々です。
朝食中に全員が歩き回っても大丈夫な氷板上に舳を乗り上げていよいよ私たちも氷の上に降り立ちました。風は強いが思ったほど寒くはありません。南極点と異なり、標高のない北極点は日本のスキー場より暖かです。
早速事前に打ち合わせたプログラムに沿って、
①極点印を中心に円陣を作り船長のあいさつ
②各自舳や船尾の一部と自分の記念撮影
③船尾で極点飛び込み大会
④バーベキューランチは風のため室内に変更しました
⑤世界中どこでも2分間無料の衛星電話
⑥北極点観光クルーズ100回記念の人文字写真
⑦1時間位の氷上散歩
⑧エクスペディション・チームと船員チーム対抗の極点ラグビー試合など楽しんでから
16:20頃南下を始めました。楽しみにしていたオプションの熱気球は風速9ノット以下という条件に合わずに残念ながら実施できませんでした。
氷上の活動中の8時間の間に船は氷と共に海流に乗って北緯89度58.96分 東経1度49.06分から北緯89度56.3分 西経9度15分まで移動していました。 夕方の船内はとても静かでした。
7月1日(日)南下中 07:00現在北緯88度21.8分東経46度09分 気温-0.2度
北極講座「極点のいろいろ」「海氷減少の影響」「ホッキョクグマII」「フランツヨーゼフ・ランド」が行われる中、今まで強風や濃霧のために実施できなかったヘリコプターの遊覧飛行が始まりました。
5人ずつ7~8分の遊覧飛行だが全体の約三分の一が終わったところで、視界不良のため中断となりました。
北極講座中にホッキョクグマ(#5)が出現。
夕食は北極点到達記念ディナーの特別メニューでした。
7月2日(月)フランツヨーゼフ・ランドまで120海里(222㌔) 気温-1℃
朝食中にホッキョクグマ(#6)出現の放送。さらに昼食中に#7と日本語映画上映中に#8夕方に#9,10,11、夕食中に#12,13とたくさんのホッキョクグマを発見することができました。アザラシの呼吸用穴の脇でじっと待っている熊や、子連れの母熊など様々なホッキョクグマを観察できました。
講座で習った雌雄鑑別法を適用してホッキョクグマ談議に花が咲きました。
北極講座:「北極の鰭脚類(セイウチ)」「北極海の誕生地質学」「北極の先人:狩人、罠猟師たち」
7月3日(火) アレクサンドラ・ランド、フローラ岬(フランツヨーゼフ・ランド)
諸島中最西部にある大きな島アレクサンドラ・ランド北部にはロシアのナグスグルスカヤ軍事基地に同居する北極国立公園事務所がありますが、岸辺に残る定着氷のため、早朝から7往復ほどヘリによる物資輸送の協力をしていました。
その後、少し南の湾にてヘリコプターで島の雄大な氷河上を遊覧しました。
さらに45分ほどのゾディアッククルージングでミツユビカモメの鳥崖、ホンケワタガモ、ハジロウミバトなどを観察しました。
別のボートではめったに見られないシロカツオドリを観察できたそうです。ベル島へのヘリ上陸予定は強風のため中止となり、代わりにフローラ岬(ノースブルック島)に向かう途中、海氷上にセイウチ2頭を発見しました。
さらに最後のホッキョクグマとなった母熊と生後半年余の子熊(#14,15)に遭遇しました。
ブッフェ式夕食後にはホッキョククジラ2頭の特徴あるV字型の噴気を近くで見た後バレンツ海に出ました。
7月4日(水) バレンツ海を南下
北極講座:「気候変動に対する私たちの姿勢」「羊毛でホッキョクグマ作成手芸教室」「極地の女性達」「地球大変動」
夕食後に行われたチャリティ・オークションの売り上げは全額ホッキョクグマ保護団体に寄付されます。
7月5日(木)バレンツ海→コラ湾→ムルマンスク
下船に向けての手続きが始まりました。午前中に個人精算を確認後サインし、下船説明会。
極地講座「南寒冷極での生活」「南大西洋の宝石箱サウスジョージア」「地球の命を支える地質学」
昨日のオークションで「原子力砕氷船の操縦権」を競り落とした方の操縦が行われました。
さよならカクテルではカメラのフラッシュが輝き、夕食後はフォトジャーナルに入るスライドショーの試写会で今クルーズを振り返り盛り上がりました。
今回の北極点クルーズは例年にない多年氷の厳しさにもかかわらず予定通りの北極点到達に加え、ホッキョクグマ15頭(含子熊3)、セイウチ2頭、ホッキョククジラ2頭の他、ミツユビカモメ、ハシブトウミガラス、ハジロウミバト、ホンケワタガモ、キョクアジサシ、シロカモメ、ゾウゲカモメ、フルマカモメ、珍しくシロカツオドリも見られて大成功のツアーでした。
毎年天候は変わるのでいつも同じものが見られるわけではありませんが、私の16回の経験ではホッキョクグマやセイウチが見られなかったことはありませんでした。
7月6日(金)ムルマンスク下船→ヘルシンキ
昨日の下船説明会で行き先別のリボンを付けたスーツケース類は荷物トラックで空港に運ばれます。
空港へ行く前に、2000年の8月、演習中の魚雷爆発事故と救助の遅れにより乗組員118名全員が108mの海底で殉職した原子力潜水艦クルスクの艦首慰霊碑とロシア正教会を見てから空港に向かいました。世界標準の空港らしくなったムルマンスク空港から予定通りの時間でヘルシンキに到着しましたが、入国手続に1時間、荷物が出てくるのに45分待つなど、夏の旅行シーズン到来で混雑していました。
市内ホテルに到着後、近くのスーパーまで買い物や、夏の金曜日夕方は港近くでいろいろな催し物があるので散歩がてらに行って見るのもお勧めです。